理解されるべき最初のことは、いかに低次の力に対して閉じ、
いかに高次の力に対して開いているかということだ。
高次の力は常にそこにある。
だがそれは、あなたが協力し、
すっかり身を任せない限り
機能できない。
あなたが開いた瞬間、
それは機能しはじめる―
ドアが開けば、太陽は中に
入ることができる。
太陽はそこにあるのに、
あなたのドアは閉まったままだ。
まさにこの瞬間、
ドアはノックされている。
どうすれば、人は低次の力に対して閉じ、高次の力に対して開いていられるのだろう?
私たちは低次の力に開いていることに気づきもせず、
それでいて自分たちを動かす高次の力を求めている。
これまでに、木の下に座っている仏陀の絵を見たことがあるに違いない。
彼が何をしているのか、考えたことはあるだろうか?
彼は何もしていない。彼は待っているのだ。
低次は閉じられた。
蓄積されたエネルギーはそこにあり、
今やエネルギーは高まり、高次の扉を打ち開くその瞬間を待っている。
低次の扉を閉めれば、高次の扉は開く。
高次の扉が開くことで、多くの現象を目の当たりにするだろう。
ひとつは、あなたがこれまで求めていたもの―高次の霊との深いコミュニオン―交感があるだろう。
存在するものは何一つ失われない。
ブッダはそこにいる、イエスはそこにいる ― 何も失われていない。
だから、高次に対して開いた人にとっては、イエスは単なる過去の人物ではなく、今なお存在している。
二十世紀は塵と消え、あなたは生きた臨在と出会う。
Osho
"The Great Challenge"より
船を待つことは、運命に身をゆだねることを意味してはいない。その船がやってくることは、あらかじめ決められていない。
それはあなたの希求の強烈さにかかっている。
それはあなたの愛、
あなたのハート、燃え立っているあなたの全存在にかかっている。
あなたは矢のように、その船に向けられている。
だがそれでも、それは性急さではない。
あなたは運命ではなく、自分自身の希求を信頼している。
あなたは、自分自身の夢を信頼している。
自分自身を、信頼している。
それはあなたの個であることを、より深い統合を、より中心に据わることを、より根づくことを、もたらす。
そして、あなたは忍耐強い。
なぜならあなたは、自分の希求が全面的であることを知っているからだ。
そして、存在は公正だ。
それはあなたを裏切ることができない、
あなたを暗闇の中に放置しておくことができない。
なぜなら、あなたが希求したからだ、
あなたが愛し、あなたが欲し、あなたが探求したからだ。
Osho
“Rebellious Spirit”より
Osho (1931-1990)クリスチャニティ、仏教、スーフィズム、タントラから禅に至るまで、古今東西の宗教的・精神的な伝統のエッセンスを縦横に行き来しながら 今日に生きる人々のあらゆる疑問に答え、人間の意識の発展について語り、あらゆるテーマを超えて人の変容と成熟を助けるツールとして、瞑想にいざなう。
彼のもとで創られた瞑想とセラピーのためのキャンパス(インド・プネー市)は、今では世界で最も大きな瞑想リゾートとして世界中から多くの訪問者をひきつけ、同時に、彼のビジョンを分かち合う人と場も、世界中に広がっている。